■大手門駐車場
【収容台数】
普通車582台
バス40台
【料金】
普通車
最初の3時間以内
500円
3時間を超えて1日以内
800円
バス 1日1回
2000円
【営業時間】
24時間営業
【定休日】
年中無休
【住所】
兵庫県姫路市本町68
【電話】
079-284-1533
【アクセス方法】
姫路城大手門より西へ300m
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■大手門駐車場
【収容台数】
普通車582台
バス40台
【料金】
普通車
最初の3時間以内
500円
3時間を超えて1日以内
800円
バス 1日1回
2000円
【営業時間】
24時間営業
【定休日】
年中無休
【住所】
兵庫県姫路市本町68
【電話】
079-284-1533
【アクセス方法】
姫路城大手門より西へ300m
姫路城下には沢山の土産屋さんがあり様々なものが売られています。
Tシャツやら提灯やら模造刀、キーホルダーなどなど
【個人ブログで紹介されていたサイト】
小林伝統製瓦 [ http://www.maru-hei.com/20040601vis-tile.html ]
【姫路のお土産が紹介されているサイト】
姫路ショッピングモール [ http://www.himeji.or.jp/shop/ ]
姫路観光コンベンションビューロー・旅の便利ナビ [ http://www.himeji-kanko.jp/benrinavi/omiyage/index.html ]
世界文化遺産「国宝姫路城」姫路城年表(歴代の城主) [ http://www.himeji.jp/himeji_jyo/nenpyo.htm ]
Wikipedia 姫路城 [ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%AB%E8%B7%AF%E5%9F%8E ]
姫路市-姫路城の歴史 [ http://www.city.himeji.hyogo.jp/guide/castle/history/index.html ]
1871年(明治4年)に廃藩置県がおこなわれ、さらに1873年(明治6年)の廃城令によって日本の城の多くがもはや不要であるとして破却された。姫路城も例外でなく、競売に付され、城下の米田町に住む個人・神戸清一郎という人がわずか23円50銭で落札した。城の瓦を売るのが目的であったという。しかし、解体費用がかかりすぎるとの理由で結局そのままにされ、権利も消滅した。その後1927年(昭和2年)、その個人の息子が、姫路城の所有権を主張して訴訟を起こそうとしたと報じた新聞があったが、別の新聞が後日取材したところでは事実無根だという話であったという。
現在残る城郭と遺構は秀吉時代のものではなく、徳川家康の娘婿で「西国将軍」の異名を取った池田輝政が慶長5年(1601年)から8年掛かりで築造したものである。普請奉行は池田家家老伊木長門守忠繁、大工棟梁は桜井源兵衛である。作業には在地の領民が駆り出され、築城に携わった人員は延べ4千万人〜5千万人であろうと推定されている。
■形式と構造
● 縄張(基本配置)
典型的な平山城。天守のある姫山を中心として、その周囲の平地まで含めた縄張となっている。全体としては、姫山の北方を起点に左回りに三重の螺旋を描くような構造であり、梯郭式縄張を成す。一周目を「内曲輪(くるわ)」、二周目を「中曲輪」、三周目を「外曲輪」と称する。曲輪とは区画の事である。現在では内曲輪の範囲が姫路城の範囲として認識されている。中曲輪・外曲輪は周囲の地形を利用し城下町を内包した「総構え」である(詳しくは後に述べる)。
内曲輪の内部においても、さらに本丸・二の丸・三の丸・西の丸・出丸(御作事所)の五重構造になっている。内曲輪には他に水曲輪・腰曲輪・帯曲輪などがある。これらはいの門・ろの門などいろは順に名付けられた門によって細かく区切られている。現在は三の丸は広場に、出丸は姫路動物園の一部になっている。内曲輪における櫓や門の位置関係については右の画像の説明文を参照のこと。
輝政による築城はちょうど関ヶ原の戦いと大坂の役の間であり、ゆえに極めて実戦本位の縄張となっている。同時に優美さと豪壮さとを兼ね備えた威容は、「西国将軍」輝政の威を示すものでもある。姫路城以降は元和元年(1615年)の徳川幕府による一国一城令によって幕府の許可なく新たな築城や城の改修・補修が出来なくなったこともあり、江戸城や名古屋城といった徳川氏による築城を除いては姫路城に続くほどの規模の城は現れていない。
姫山北部は「姫山原生林」という築城以前の姿のままで残されている。原生林の中に本丸からの隠し通路の出口があるという噂があるが、今のところその存在は確認されていない。三の丸からは西の丸の石垣下にある鷺山口門が内堀に通じていた。
姫山の西を流れる船場川は、内堀に寄り添う形で流れており、堀同様の役割を果たしている。かつてはその名の通り水運のために利用されていた。
(Wikipedia引用)
■お菊井戸
城内の上山里丸と呼ばれる広場にある「お菊井戸」が、有名な「播州皿屋敷」に出てくる井戸だといわれています。
永正のころ、城主・小寺則職の家老・青山鉄山が城の乗っ取りを計画。これに気づいた忠臣の衣笠元信は、愛妾のお菊を青山家に女中として送り込み、陰謀を暴きます。しかし、努力のかいもなく、青山一家のクーデターは成功。それでもお菊は青山家に残り、龍野に逃れた元信に情報を送っていましたが、ついに町坪弾四郎に気づかれてしまい、それを盾に結婚を迫られます。しかし、お菊はどうしても首を縦に振りません。腹を立てた弾四郎は家宝の皿10枚のうち1枚を隠し、お菊の不始末として責め殺して井戸に投げ込みました。それからというもの毎夜、「1枚、2枚…」と皿を数えるお菊の悲しげな声が井戸から聞こえるようになったといいます。
その後、元信ら忠臣によって鉄山一味は滅ぼされ、お菊は「於菊大明神」として十二所神社の境内にある「お菊神社」に祭られています。
参照サイト:姫路市Welcom to Himeji City[ http://www.city.himeji.hyogo.jp/guide/castle/legend/okiku/index.html ]
■姫路キャッスルホテル
●歴史と伝統のなかで本格挙式
姫路城内の神社で挙式を挙げられるのはココだけ! 緑溢れる神聖な雰囲気の中、ふたりの晴れの日を向かえよう
●お姫様気分で神社まで!!
ホテルから姫路城まではクラシックカーを、神社までは人力車という送迎スタイルで。マイクロバスも用意してくれるのでゲストの移動もスムーズ。フォトロケにも最適!
【住所】 兵庫県姫路市三左衛門堀西の町210番地 MAP
【TEL】 0792-84-3724(宴会予約課)
【公式ホームページ】 http://www.himejicastlehotel.co.jp
【問い合わせ時間・休日】 9:00〜18:00 無休
【交通】 JR線姫路駅から無料シャトルバス3分
【駐車場】 あり(220台)
姫路は、四神相応の典型的な風水都市であり、朝廷陰陽師に匹敵する陰陽能力を持つ芦屋道満に代表される播磨陰陽師を生みました。
さらに、風水思想に基づき、気が最も強く貯まるといわれる龍穴と言われる場所に城を建築し、城を取り巻く堀は、風水学によって城自体の力を強くしようという意図で独特の形をしています。
城は築城以来一度も戦火にまみれることなく、釘は人目に付かず地味に木や他のものを結びつけ、一体となり城を支ております。太平洋戦争でも姫路市はアメリカ軍の空襲を受け、市内一帯は焼け野原になりましたが、城だけは無傷で残ったという不思議なエピソードもあります。
■狭間(さま)
姫路城の白壁には、長方形、丸、三角などのいろいろな形の穴が開いています。これは狭間(さま)と呼ばれるもので、侵入者を見張り、そして侵入者めがけてこの穴から矢や鉄砲で攻撃を仕掛けるために作られています。
丸と三角は鉄砲、長方形は弓を放つ窓で、それぞれの組み合わせや並びはバランス良く配列され、戦いの仕組みとしてだけではなく美しさを持ち合わせています。
狭間は天守と土塀を合わせて約500個ほど残っています。
■好古園(こうこえん)
姫路城西御屋敷跡庭園「好古園」は、世界文化遺産国宝姫路城を借景に、姫路市制百周年を記念して造営され、平成4年に開園した池泉回遊式の日本庭園です。
昭和60年以来の発掘調査で確認された西御屋敷跡・武家屋敷跡等の地割をいかした9つの趣の異なった庭園群で構成され、その面積は約1万坪(3.5ヘクタール)あります。
本多忠政時代(元和4年・1618年)に造営され、榊原政岑(吉宗の時代)が新吉原から高尾太夫を落籍し、住まわせたといわれる西御屋敷跡に造られた「御屋敷の庭」、本格的数寄屋建築の茶室・双樹庵のある「茶の庭」、姫路城の眺めを取り入れた「流れの平庭」、「夏木の庭」、「築山池泉の庭」などの庭園群と江戸時代をしのばせる築地塀や屋敷門・長屋門、渡り廊下で結ばれた活水軒と潮音斎の佇まいが、特別史跡地にふさわしい歴史的景観をつくり出しています。
なお、「好古園」の愛称は、姫路藩主酒井家によってこの庭園の入り口付近に移設され、文武両道の再興を図った藩校「好古堂」に因んでいます。
住所
〒670-0012 姫路市本町68
TEL (079)289-4120
開園時間
午前9時〜午後5時(入園は午後4時30分まで)
*季節により時間延長あり
詳しい内容は下記HPをご覧ください。
好古園 [ http://www.ryokka.jibasan.or.jp/kokoen/ ]
JR神戸線・山陽電鉄「姫路駅」からバスで5分、徒歩15分
地図 [ http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=34%2F50%2F10.342&lon=134%2F41%2F47.98&layer=1&sc=3&mode=map&size=l&pointer=on&p=%C9%B1%CF%A9%BE%EB&CE.x=371&CE.y=655 ]
市営バス時刻表 [ http://www.city.himeji.hyogo.jp/kou-kotu/dia/index.html ]
【開城時間】 9時〜17時(入城は16時まで)、
6〜8月は1時間延長しています
【休城日】 12月29日〜31日
【お問い合わせ】
姫路城管理事務所
・電話 079-285-1146
・ファクス 079-222-6050
■歴史
●江戸幕府
徳川政権が始まると、家康の二女督姫を妻とする池田輝政が城主に選ばれ、また改築をすることになる。
元和3年(1617年)、池田氏は跡を継いだ光政が幼少であり、重要地を任せるには不安である事を理由に因幡鳥取(鳥取城)へ転封させられ、伊勢桑名から本多忠政が15万石で入城した。1618年(元和4年)には、二代将軍徳川秀忠の子・千姫が桑名城主本多忠政の子・忠刻(ただとき)に嫁いだのを機に西の丸が整備され、全容がほぼ完成した。
姫路城は江戸時代にもたびたび修理が行われてきたが、当時の技術では天守の重量に礎石が耐えられず沈み込んでいくのを食い止める事は難しかった。加えて柱や梁などの変形も激しく、江戸時代後期には俗謡に『東に傾く姫路の城は、花のお江戸が恋しいか』などと歌われるありさまであった。
幕末期、鳥羽・伏見の戦いにあって姫路城主酒井忠惇は老中として幕府方に属し将軍徳川慶喜と共にあったため、姫路藩も朝敵とされ姫路城は岡山藩と龍野藩の兵1500人に包囲された。この時、輝政の子孫・池田茂政の率いる岡山藩の部隊が姫路城に向けて数発空砲で威嚇砲撃を行っている。その中に実弾も混じっており、このうち一発が城南西の福中門に命中している。官軍の姫路城総攻撃は不可避と思われたが、摂津国兵庫津の勤王豪商・北風正造が15万両に及ぶ私財を官軍に献上し、それを食い止めた。この間に藩主の留守を預かる家老達は最終的に開城を決定、城明け渡しで官軍と和睦する。こうして姫路城を舞台とした攻防戦は回避され、後年の世界遺産は焼失を逃れた。
詳しい内容は下記HPを参考にご覧ください。
世界遺産 姫路城 [ http://www.himeji-castle.gr.jp/ ]
世界遺産 姫路城 [ http://www.tabian.com/tiikibetu/kinki/hyogo/himejijyo/ ]
Wikipedia 姫路城 [ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%AB%E8%B7%AF%E5%9F%8E ]
ひょうごツーリズム協会のホームページでは、おすすめの散策コースが紹介されています。
【おすすめコース】(1時間半〜2時間)
入り口〜菱の門〜西の丸庭園〜西の丸長局(百間廊下)〜化粧櫓〜乾小天守〜大天守・心柱〜搦手口〜帯の櫓〜お菊井戸〜扇の勾配〜 菱の門……(城外)好古園
菱の門…入り口を固める櫓型の門で、両柱の冠木には木彫りの菱紋
西の丸庭園…南門跡付近には出陣する武者が集合した武者だまり。
西の丸長局…(百間廊下)千姫の侍女たちの住居といわれている。
乾小天守…乾・西・東と3小天守があり、乾が最大。外観3層。
大天守…天守台の東南隅。外観5層、内部6階地下1階。木造。
心柱…高さ24m、根元直径95cm。2本で大天守を支えている。
扇の勾配…上にいくほど反りあがっている石垣。扇状の曲線がある。
好古園…(姫路城西お屋敷跡公園)1万坪の日本庭園。茶室、食堂がある。
入城時間:9:00〜16:00(6〜8月は1時間延長)
休城日:12月29日〜31日
入場料:姫路城・好古園共通 大人600円 小人200円
そのほか、ボランティアガイドによる案内付きコースも紹介しています。
詳しい内容は下記HPをご覧ください。
社団法人ひょうごツーリズム協会 [ http://www.hyogo-tourism.jp/hanamiaruki/himeji/index.html ]
■抜け穴
姫路城といえば抜け穴があるとの説が昔から話題にされています。注目されているのはやはり井戸で、中でも二の丸にあるお菊井戸は、帯郭櫓の下の濠まで出るのに距離が短く、天守にも近いため何度も調査されましたが、水抜きで抜け穴ではないようです。その他の場所からも、調査の結果、抜け穴は発見されていません。しかし、濠の中に水面下に隠された堤があり、この堤の上をたどれば、歩いて堀を渡ることが可能だとか、ぬの門の下にあるるの門は、石垣の中に人一人がやっと通れるように折れ曲がり、急な階段をつけた穴門と呼ばれるもので、これをくぐると菱の門への近道になります。このような非常の場合の間道としての工夫は、随所に見られます。
■仕掛け
壁にびっしりと槍を掛けるためのかぎ針が打たれています。鉄砲などをかけておくかぎ、上から石を落とすための仕掛け、鎧を置いておくところ、弓矢を射る窓、ありとあらゆる場所が戦闘のために造られています。
また、天守閣までの道のりは、天守閣が見えたり消えたりしながら、上がったり下がったりする迷路のような経路で、近づいているようでなかなかたどり着かない感じが、またまたスケール感を増していきます。
階段を上ったり門をくぐったりで、ついつい足元に目が行きがちになり、いつのまにか、現在位置や方角がわからなくなってしまうのも、この姫路城郭の特徴です。
いの門、ろの門など、いろはの名がついた門がいくつもあり、随所にいろんな仕掛けや工夫がされており、高い石垣と塀に挟まれた道を、幾度となく曲がりながら抜けて行くという・・・多重構造の城郭建築の複雑さと、敵の侵入を食い止める数々の技が施されています。
■姫路城観月会
中秋の名月の日に、ライトアップされた姫路城を背景に三の丸広場で、剣詩舞や太鼓の演奏などを披露。お茶や地酒などの販売コーナーも。
時間/18:00〜21:00
問い合わせ先:姫路市観光交流推進課
TEL 079-287-3656 FAX 079-287-3657
■姫路城菊花展
毎年10月〜11月。姫路城三の丸広場にて、姫路菊花会員や愛好家たちの見事な総合花壇や盆栽菊など約1,200点を展示します。
問い合わせ先:姫路城管理事務所
TEL 079-285-1146 FAX 079-222-6050
■姫路城主の家紋・家系
●池田家(備前)
備前蝶 動物文様
蝶紋は、正倉院御物の金銀平蝶脱八角鏡や花蝶背円鏡に描かれている文様より始まるといわれている。蝶は桓武平氏の代表的家紋。岡山藩池田侯の定紋としても有名。
●本多家
本多立ち葵 植物文様
「立ち葵」のルーツは、京都賀茂神社の神草である「フタバアオイ」からといわれている。本多家の先祖中務光秀が、賀茂神社の社職であったことから、本多家の家紋にしたといわれてる。
●榊原家
榊原源氏車 器物文様
伊勢外宮に奉仕していた藤原秀郷流佐藤氏族の榊原氏の牛車は天下一品で、この車で外宮に奉献品を運搬した。これにあやかり榊原家の家紋に「源氏車」を用いた。特に榊原家のものは「榊原源氏車」とよばれる。
●松平家(越前)
右三つ巴 文様紋
巴は、文様紋の代表的なもの。武具の鞆の文様や鞆の形に似ているところから鞆絵となり、のちに水が渦巻いているのによく似ていたので、巴の字を当てた。その後、巴紋が弓矢の神である八幡宮の神紋と見なされるようになり、全国各地の八幡宮で使われたため、神助を受けようとした武士が家紋として用いた。巴紋は菊桐に次いで多く、種類も極めて広範囲で変化も多い。
●松平家(奥平)
立ち沢潟(おもだか) 植物文様
沢潟は、水辺に自生する多年草で、葉の形に特徴があり、小さな白花をつける。古くから文様として用いられ、平安時代に久我氏が車の文様として初めて用い、のちに家紋として用いられるようになった。
●酒井家
剣片喰(カタバミ) 植物文様
片喰はカタバミ科の多年草で、葉形は3枚のハート形。和名は「傍食(かたばみ)」で、葉の一方が欠けているように見えることから名づけられた。全世界に分布し、春から秋にかけて黄色の小さな花が咲く。茎は細長く地上に這い、繁殖力が強い。家紋として用いられたのは、繁殖力の強さと家運をかけたといわれるが、定かではない。片喰紋は、公家・大名家なども多く用い、幕臣では約160の家が用いて我が国の代表的な家紋となった。剣片喰紋が多く用いられている。
※酒井家は、もともと葵紋だったが、松平長親(徳川家康より4代前)が酒井氏の武功にあやかり葵紋を所望自家の家紋とし、代わりに酒井氏は葵紋に似ている片喰紋になったとある。「三河後風土記より」
詳しい内容は下記HPをご覧ください。
世界文化遺産「国宝姫路城」 [ http://www.himeji.jp/himeji_jyo/kamon.htm ]
大天守と3つの小天守で構成される連立式天守閣。安土桃山時代から江戸時代初期にかけての築城技術の粋を極めた美しい姫路城は、その姿から別名「白鷺城」と呼ばれています。
■姫路城
<西 の 丸>
徳川二代将軍秀忠の長女・千姫は、大阪城落城の後、本多忠刻に嫁ぎ姫路城西の丸で過ごしました。当時の遺構として化粧櫓や百間廊下が残されています。
<油 壁>
ほの門の内側にある壁は、他の場所が白漆喰で塗り込められた壁であるのに対し、粘土に石灰、豆砂利を混ぜたもので、秀吉築城の名残の壁と言われています。
<お菊井戸>
「いちまーい、にまーい」。姫路城は「播州皿屋敷」の舞台。備前丸の真下にお菊井戸があります。
交通:JR山陽本線・山陽電鉄「姫路駅」から徒歩約10分
入城料金:一般600円
入城時間:9:00〜17:00(9〜5月は16:00まで)
休み:12/29〜31
問合せ:0792−85−1146
■好古園
西御屋敷跡の発掘調査によって復元した美しい庭園。街路、屋敷割り、長屋門、築地塀、屋敷門を復元したほか9つの庭園があります。
入場料金:一般 300円
入場時間:9:00〜16:30(夏期は17:30まで)
休み:年末年始
問合せ:0792−89−4120
見たい場所をクリックすれば、写真と解説が表示されバーチャル体験ができます。
姫路城大図鑑「探検姫路城」[ http://www.city.himeji.hyogo.jp/guide/castle/exploration/index.html ]
ペーパークラフトで作る姫路城の商品が、いろいろ販売されています。
また、Canonのホームページからは、型紙(pdfファイル)をダウンロード(無料)したらプリントして作れます。
キャノン:クリエイティブパーク|日本 姫路城 [ http://cp.c-ij.com/japan/papercraft/building/himeji-castle.html ]
■播州皿屋敷お菊井戸
姫路城の上山里(かみのやまさと)とよばれる広場に、お菊井戸と呼ばれる古い井戸があります。この井戸は、播州皿屋敷で知られるお菊さんゆかりの井戸でよく知られた怪談話が残されています。
約450年前の室町時代中期、姫路城執権の青山鉄山(てつざん)は、城を乗っ取ろうと、城主を増位山の花見の宴で毒殺しようと企てていました。
それを察した城主の忠臣、衣笠元信(きぬがさもとのぶ)は、愛人であるお菊を鉄山の屋敷に奉公させて企みを探らせ、鉄山の息子小五郎から父の陰謀を聞き出しました。
この知らせを聞いて元信は、花見の宴で城主を毒殺しようとする鉄山の陰謀を阻止することができました。その後もお菊は、鉄山の屋敷で動向を探り続けていましたが、鉄山の同士町坪弾四朗(ちょうのつぼだんしろう)に気づかれてしまいます。
ところが、以前からお菊に好意を持っていた弾四朗は「黙っている代わりに自分のものになれ」とお菊に言い寄りました。しかし、お菊はその条件を聞き入れず、弾四朗に折檻されます。それでも強情に言うことをきかないお菊を憎らしく思うようになった弾四朗は、ある日、お菊が預かる家宝の十枚の皿うち一枚を隠してその罪をお菊に負わせ、ついにお菊を切り殺し庭の井戸に投げ込みました。
それからというもの夜ごと井戸の底から悲しげな女のか細い声で
「一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、六枚、七枚、八枚、九枚・・・・・」
と皿を数える声が聞こえるようになりました。
そのお菊が投げ込まれた井戸がお菊井戸だと言われています。
■櫓(やぐら)
大天守と三つの小天守およびこれらを結ぶ渡櫓を国宝として、 化粧櫓などの櫓27棟、門15棟、土塀およそ1Kmを国指定重要文化財として、内濠、中濠より内側を特別史跡に指定され保存されていて、1993年12月に世界文化遺産として登録されました。
●国宝
大天守、東小天守、西小天守、乾小天守、い・ろ・は・に・の渡櫓(やぐら)の8棟
●重要文化財
化粧櫓、ニの櫓、折廻り櫓、備前門、水の一門、水の二門、菱の門、い・ろ・は・にの門、ぬの門など74棟
003年からフジテレビで放送された「大奥」「大奥第一章」「大奥華の乱」に続き、映画「大奥」でも撮影が行われました。
姫路城は毎回“江戸城”として登場、映画でも江戸城庭園での“宴(うたげ)”のシーンを撮影しました。撮影当日は豪華女優陣が総出演、さらに記者会見もおこなわれ、スタッフを合わせると総勢約150名、しかも秋の行楽シーズン。我われ姫路フィルムコミッションの担当者も撮影スタッフと協力して観光客の整理に大忙し。
「百間廊下」。大奥廊下として撮影。この奥行き感と質感は本物ならでは。
「ぬの門」。江戸城御切手御門として撮影。
【大天守の高さ】
姫山(標高45.6m)、石垣が14.85m、建物が31.5mで合計海抜92m
【心柱の大きさ】
東西に2本、高さ24.6m、根元直径95cm、末口42cm
【面積】
内曲輪(うちくるわ)以内の面積は23ha(230,000m2)。また外曲輪(そとくるわ)以内の面積は233ha(2,330,000m2)。内曲輪の面積を甲子園球場のグラウンド部分(14,700m2)と比較すると、約15.9倍に。また皆さんが座られるスタンド部分も含めた球場全体(39,600m2)と比較すると約5.9倍になります。
重6階の大天守と3つの小天守が渡櫓(わたりやぐら)でつながり、幾重にも重なる屋根、千鳥破風(はふ)や唐(から)破風が、白漆喰総塗籠造(しろしっくいそうぬりごめつくり)の外装と相まって、華やかな構成美をつくっています。
詳しい内容は下記HPをご覧ください。
姫路城大図鑑 [ http://www.city.himeji.hyogo.jp/guide/castle/index.html ]