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法隆寺の歴史

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法隆寺は聖徳太子が父・用明天皇のために607年(推古

15年)に建立したといわれる。

 「日本書紀」によると、その寺は670年(天智9年)落

雷による火災で焼失したと思われる。

 現在の南大門の東のその寺跡を若草伽藍と呼び、礎石が置

かれている。又、現在の法隆寺の金堂や東室の礎石、石垣の

一部にも若草伽藍の礎石が使われている。

 古い寺の伽藍配置は塔と金堂が南北一直線に並ぶ四天王寺式であった。古い法隆寺が焼失した

後、再建されたのが、現在の西院伽藍である。

 まず金堂が建ち、711年(和銅4年)には五重塔と中門も完成していたといわれる。その後

、鐘楼・経蔵・講堂・僧坊・食堂・西円堂等、次々と建てられ、平安時代末期には現在の西院の

形が整った。

 又、行信により太子の遺徳をしのんで739年(天平11年)、斑鳩宮跡に建立された上宮王

院夢殿は東院とよばれ、太子信仰のメッカとなった。平安末期から鎌倉時代にかけて特に太子信

仰が高まり寺は繁栄した。

 その後も衰退・復興を重ねながらも慶長大修理・元禄大修理・昭和大修理を経て、法隆寺は1

993年12月に日本最初のユネスコ世界文化遺産に登録された。

 西院の金堂・五重塔・中門ならびに回廊は7世紀末から8世紀初めにかけて造られた現存世界

最古の木造建築物であり、飛鳥時代の秀れた建築技術を今日につたえている 。


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