香合
金閣寺蒔絵入り
紫檀等の高級材料を使いろくろで作った逸品です。
紫檀 香合 金閣寺蒔絵入り 6,6cmX3,3cm \101,850 \97,000
詳細はこちらから
http://www.o-karaki.co.jp/osusume4.html
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金閣寺 鳳凰(ほうおう・ホウオウ)
屋根の上に鳳凰が飾られていますが、一般的に寺であれば屋根の上には魔除けや水煙のようなものを置くのが普通ですが、金閣寺は何故か鳳凰なのです。この鳳凰は、聖なる天子が出現した時に祝福する鳥なのです。
「鳳凰」とは何か?
古代中国で、麟(りん)・亀・竜とともに四瑞として尊ばれた想像上の霊鳥。
体は、前は麟(りん)、後ろは鹿(しか)、頸(くび)は蛇、尾は魚、背は亀、あごは燕(つばめ)、くちばしは鶏に似るといわれる。
羽が五色で、梧桐(ごとう)に宿り、竹の実を食べ、醴泉(れいせん)を飲むと伝えられ、聖徳の天子の兆しとして世に現れるとされる。鳳は雄、凰は雌という。
金閣寺放火事件(きんかくじほうかじけん)とは、1950年7月2日未明に、京都市上京区(現・北区)金閣寺町にある鹿苑寺(通称・金閣寺)において発生した放火事件である。幸い人的被害はなかったが、国宝の舎利殿(金閣)が全焼し、創建者である室町幕府3代将軍、足利義満の木像(当時国宝)、観音菩薩像、阿弥陀如来像、仏教経巻などの文化財6点も灰燼に帰した。
事件の概要
再建後の金閣舎利殿1950年7月2日の未明、鹿苑寺から出火の第一報で消防隊が駆けつけた時には、既に舎利殿から猛列な炎が噴出して手のつけようがなく、46坪の貴重な建築物が全焼した。鎮火後現場検証したところ普段火の気がない事、そして、寝具が何故か付近に置かれている事から不審火の疑いがあるとして、同寺の関係者を取り調べたところ、同寺の師弟で大学生の林承賢(当時21歳)がいない事が判明し行方を捜索した。夕方になり金閣裏にある左大文字山の山中で薬物のカルモチンを飲み切腹してうずくまっていた林を発見し放火の容疑で逮捕した。
動機
その後、林は救命処置で助かった。逮捕当初動機として「世間を騒がせたかった」や「社会への復讐のため」などと供述した。しかし実際には自身が病弱である事、実家の母から過大な期待を寄せられている事、同寺が観光客の参観料で運営されており、僧侶よりも事務方の方が幅を利かせるなどの現実から、厭世感情からくる複雑な感情が入り乱れていた。そのためこの複雑な感情を解き明かそうとして後述のような文学作品が創作された。この中で三島由紀夫は「自分の吃音や不幸な生い立ちに対して金閣における美の憧れと反感を抱いて放火した」と分析し、水上勉は「寺のあり方、仏教のあり方に対する矛盾により美の象徴である金閣を放火した」と分析したが、実際のところ真相は解き明かされる事はなかった。
その後の経過
事件後、彼の母親は実家がある舞鶴に帰る途中に山陰本線の列車から飛び降り自殺した。1950年12月28日京都地裁は懲役7年を言い渡したが、服役中に結核と重度の精神障害が進行し、京都刑務所から京都府立洛南病院に身柄を移され入院したが1956年3月7日に病死した。彼は母と郷里で一緒に眠っていると言う。
ウィキペディア(Wikipedia)より
金閣寺 入場料
入場料 大人400円、小中300円
所在地 京都府京都市北区金閣寺町1
営業時間 9:00〜17:00
休業日 無休
駐車場 有・乗用車300円(要問合せ)
アクセス 京都駅より市バス101、205系統「金閣寺道」下車
問合せ先 金閣寺
TEL 075-461-0013
金閣寺 年表
鎌倉時代(1192)
鎌倉幕府成立
金閣寺(鹿苑寺) 鎌倉時代に貴族の別荘(北山亭)として 造営
1200 高山寺 13世紀初めに明恵上人が再建し、高山寺と改称
1224 親鸞『教行信証』(浄土真宗)
1255 天龍寺 離宮として造営
1272 本願寺(西本願寺) 親鸞の娘覚信尼吉水に御影堂建立
1276 一遍踊り念仏(時宗)
1274/1281 蒙古来襲
1324 徒然草の吉田兼好が出家
1339 天龍寺 足利氏が五山禅宗寺院に改める
1339 西芳寺 夢窓疎石が禅宗寺院として再興
1345 天龍寺 完成
室町時代(1338)
室町幕府成立
足利義満将軍となる
応仁の乱が起こる
1397 金閣寺 足利義満が譲り受け、別邸北山殿に改築。没後、禅寺に
1450 龍安寺 貴族の別荘地として造られ、この年、禅宗寺院となる
1465 本願寺(西本願寺) 山門徒に襲われ蓮如、堅田に避難
1479 本願寺(西本願寺) 山科に再建
1482 銀閣寺(慈照寺) 足利義政が別邸東山殿として造営。死後、禅 寺慈照寺と改称
1483 真盛念仏(天台真盛宗始)
1486 東寺 火災
1487 加賀一向宗徒の乱始まる
1488 龍安寺 方丈が復興され諸堂を整備
1489 銀閣寺 銀閣建立
桃山時代(1573)
鉄砲伝来
キリスト教伝来
1571 延暦寺 織田信長焼討ち。
1591 本願寺(西本願寺) 京都復興のシンボルとして寺院組織を豊臣 秀吉が移す
江戸時代(1603)
江戸幕府成立
1603 二条城 徳川幕府が造営
1607 清水寺 西門と鐘楼造営
1617 本願寺 火災
1626 二条城 天守、本丸御殿、二の丸御殿の大規模拡張などで現在の 規模となる
1629 清水寺 火災。馬駐、仁王門、鐘楼は焼失を免れる
1629 下鴨神社 再興
1630 清水寺 再建
1633 本願寺 ほぼ現在の姿に整備
1633 清水寺 徳川家光が本堂再興
1634 高山寺 再興
1640 仁和寺 現在の伽藍を再興
1642 延暦寺 根本中堂再建
1654 隠元来日(黄檗宗)
1863 上賀茂神社 北神撰所、舞殿等再建
1863 上賀茂神社 再建された本殿・権殿
1863 下鴨神社 改修の東本殿、西本殿は国宝
昭和(1926)
1950 金閣寺 焼失
1955 金閣寺 現在の金閣を再建
1987 金閣寺 金箔などを修理