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      <title>金閣寺</title>
      <link>http://www.godstyle.info/kinkakuji/</link>
      <description>の情報を集めました。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2007</copyright>
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         <title>香合 金閣寺</title>
         <description>香合　
金閣寺蒔絵入り<br>紫檀等の高級材料を使いろくろで作った逸品です。<br>紫檀　香合　金閣寺蒔絵入り 6,6cmX3,3cm \101,850 \97,000 
詳細はこちらから<br>http://www.o-karaki.co.jp/osusume4.html</description>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
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         <title>金閣寺 鳳凰(ほうおう・ホウオウ)</title>
         <description>金閣寺 鳳凰(ほうおう・ホウオウ)
屋根の上に鳳凰が飾られていますが、一般的に寺であれば屋根の上には魔除けや水煙のようなものを置くのが普通ですが、金閣寺は何故か鳳凰なのです。この鳳凰は、聖なる天子が出現した時に祝福する鳥なのです。<br>「鳳凰」とは何か？<br>古代中国で、麟(りん)・亀・竜とともに四瑞として尊ばれた想像上の霊鳥。<br>体は、前は麟(りん)、後ろは鹿(しか)、頸(くび)は蛇、尾は魚、背は亀、あごは燕(つばめ)、くちばしは鶏に似るといわれる。<br>羽が五色で、梧桐(ごとう)に宿り、竹の実を食べ、醴泉(れいせん)を飲むと伝えられ、聖徳の天子の兆しとして世に現れるとされる。鳳は雄、凰は雌という。</description>
         <link>http://www.godstyle.info/kinkakuji/post_13.html</link>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
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         <title>金閣寺 放火事件</title>
         <description>金閣寺放火事件（きんかくじほうかじけん）とは、1950年7月2日未明に、京都市上京区（現・北区）金閣寺町にある鹿苑寺（通称・金閣寺）において発生した放火事件である。幸い人的被害はなかったが、国宝の舎利殿（金閣）が全焼し、創建者である室町幕府3代将軍、足利義満の木像（当時国宝）、観音菩薩像、阿弥陀如来像、仏教経巻などの文化財6点も灰燼に帰した。<br>
事件の概要<br> 
再建後の金閣舎利殿1950年7月2日の未明、鹿苑寺から出火の第一報で消防隊が駆けつけた時には、既に舎利殿から猛列な炎が噴出して手のつけようがなく、46坪の貴重な建築物が全焼した。鎮火後現場検証したところ普段火の気がない事、そして、寝具が何故か付近に置かれている事から不審火の疑いがあるとして、同寺の関係者を取り調べたところ、同寺の師弟で大学生の林承賢（当時21歳）がいない事が判明し行方を捜索した。夕方になり金閣裏にある左大文字山の山中で薬物のカルモチンを飲み切腹してうずくまっていた林を発見し放火の容疑で逮捕した。<br>
動機<br>その後、林は救命処置で助かった。逮捕当初動機として「世間を騒がせたかった」や「社会への復讐のため」などと供述した。しかし実際には自身が病弱である事、実家の母から過大な期待を寄せられている事、同寺が観光客の参観料で運営されており、僧侶よりも事務方の方が幅を利かせるなどの現実から、厭世感情からくる複雑な感情が入り乱れていた。そのためこの複雑な感情を解き明かそうとして後述のような文学作品が創作された。この中で三島由紀夫は「自分の吃音や不幸な生い立ちに対して金閣における美の憧れと反感を抱いて放火した」と分析し、水上勉は「寺のあり方、仏教のあり方に対する矛盾により美の象徴である金閣を放火した」と分析したが、実際のところ真相は解き明かされる事はなかった。<br>
その後の経過
事件後、彼の母親は実家がある舞鶴に帰る途中に山陰本線の列車から飛び降り自殺した。1950年12月28日京都地裁は懲役7年を言い渡したが、服役中に結核と重度の精神障害が進行し、京都刑務所から京都府立洛南病院に身柄を移され入院したが1956年3月7日に病死した。彼は母と郷里で一緒に眠っていると言う。<br>
ウィキペディア（Wikipedia）より</description>
         <link>http://www.godstyle.info/kinkakuji/post_12.html</link>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>金閣寺 入場料</title>
         <description>金閣寺 入場料<br>
入場料 大人400円、小中300円<br>
所在地 京都府京都市北区金閣寺町1
 
営業時間 9：00〜17：00
 
休業日 無休<br> 
駐車場 有・乗用車300円（要問合せ）<br> 
アクセス 京都駅より市バス101、205系統「金閣寺道」下車<br> 
問合せ先 金閣寺
 
TEL 075-461-0013</description>
         <link>http://www.godstyle.info/kinkakuji/post_10.html</link>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>金閣寺 年表</title>
         <description>金閣寺 年表
鎌倉時代（1192）<br>　　　鎌倉幕府成立<br>　　　金閣寺（鹿苑寺）　鎌倉時代に貴族の別荘（北山亭）として　　　造営

1200　高山寺　13世紀初めに明恵上人が再建し、高山寺と改称
1224　親鸞『教行信証』（浄土真宗）<br>1255　天龍寺　離宮として造営
1272　本願寺（西本願寺）　親鸞の娘覚信尼吉水に御影堂建立<br>1276　一遍踊り念仏（時宗）<br>1274/1281　蒙古来襲
1324　徒然草の吉田兼好が出家
1339　天龍寺　足利氏が五山禅宗寺院に改める
1339　西芳寺　夢窓疎石が禅宗寺院として再興
1345　天龍寺　完成

　室町時代（1338）<br>　　　室町幕府成立<br>　　　足利義満将軍となる<br>　　　応仁の乱が起こる

1397　金閣寺　足利義満が譲り受け、別邸北山殿に改築。没後、禅寺に
1450　龍安寺　貴族の別荘地として造られ、この年、禅宗寺院となる<br>1465　本願寺（西本願寺）　山門徒に襲われ蓮如、堅田に避難
1479　本願寺（西本願寺）　山科に再建
1482　銀閣寺（慈照寺）　足利義政が別邸東山殿として造営。死後、禅　　　寺慈照寺と改称
1483　真盛念仏（天台真盛宗始）<br>1486　東寺　火災
1487　加賀一向宗徒の乱始まる<br>1488　龍安寺　方丈が復興され諸堂を整備<br>1489　銀閣寺　銀閣建立<br>
　桃山時代（1573）<br>　　　鉄砲伝来
　　　キリスト教伝来

1571　延暦寺　織田信長焼討ち。<br>1591　本願寺（西本願寺）　京都復興のシンボルとして寺院組織を豊臣　　　秀吉が移す<br>
　江戸時代（1603）<br>　　　江戸幕府成立<br>
1603　二条城　徳川幕府が造営
1607　清水寺　西門と鐘楼造営
1617　本願寺　火災
1626　二条城　天守、本丸御殿、二の丸御殿の大規模拡張などで現在の　　　規模となる<br>1629　清水寺　火災。馬駐、仁王門、鐘楼は焼失を免れる
1629　下鴨神社　再興
1630　清水寺　再建
1633　本願寺　ほぼ現在の姿に整備<br>1633　清水寺　徳川家光が本堂再興<br>1634　高山寺　再興
1640　仁和寺　現在の伽藍を再興
1642　延暦寺　根本中堂再建
1654　隠元来日（黄檗宗）  

1863　上賀茂神社　北神撰所、舞殿等再建
1863　上賀茂神社　再建された本殿・権殿
1863　下鴨神社　改修の東本殿、西本殿は国宝<br>
　昭和（1926）<br>
1950　金閣寺　焼失
1955　金閣寺　現在の金閣を再建
1987　金閣寺　金箔などを修理</description>
         <link>http://www.godstyle.info/kinkakuji/post_11.html</link>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>金閣寺の見どころ</title>
         <description>金閣寺の見どころ
鏡湖池　何度拝観しても、池に映る舎利殿（金閣）は見事なものです。大勢の修学旅行生と出会いましたが、皆感激の声をあげていました。<br>陸舟の松〜銀河泉〜巌下水〜龍門滝<br>＊アセビ、椿、紅葉
鏡湖池の周りにはこれだけの見どころがあります。<br>「陸舟（りくしゅう）の松」は松の木がほんとに帆船の形に剪定してあります。義満公が自分で植えたと言われているそうです。<br>「銀河泉（ぎんがせん）」　義満公のお茶用の水に使ったと言われています。<br>「巖下水（がんかすい」　義満公が手を清めた水です。<br>「龍門の滝」　鯉が滝を登ると龍になると言われる中国の故事「登竜門」に因んだ「鯉魚石（りぎょせき）」が置かれています。「鯉魚石」は彫刻を施してないのに魚に見える、不思議な石です。</description>
         <link>http://www.godstyle.info/kinkakuji/post_7.html</link>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>金閣寺 交通手段</title>
         <description><![CDATA[金閣寺の観光での交通手段
京都観光一日乗車券がいいでしょう。<br>
１２００円で京都市バス・地下鉄が乗り放題です。<br>（京都バスも一部可）<br>http://www.city.kyoto.jp/kotsu/ticket/kyoto_free_cd.htm#1_2daypass<br>]]></description>
         <link>http://www.godstyle.info/kinkakuji/post_8.html</link>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>金閣寺の七不思議</title>
         <description>金閣寺の七不思議の一部を紹介<br>●金閣寺（北区金閣寺）<br>　金閣寺の北に鏡のような大岩。この大岩の前に牛車が通る度に、牛が驚いて動かなくなるため、松葉でいぶしてしまった。これ以降、この土地の領主は、正妻を迎えることができなかった。</description>
         <link>http://www.godstyle.info/kinkakuji/post_9.html</link>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>金閣寺と銀閣寺の違い</title>
         <description>金閣寺と銀閣寺の違い
金箔に覆われているから金閣寺。対して銀閣寺は銀箔はない。初めて観光で京都を訪れる人の中にはいざ銀閣寺を見て驚く人もいるだろうが、これにはわけがある。<br>
金閣寺というのは通称で、正式には鹿苑寺という。足利三代将軍・義満が建立したものだ。義満は15代にわたる足利将軍の中で最も権勢を誇った人物で、この豪奢な建物にもそれが反映されている。<br>
銀閣寺も通称であり、正式名称は慈照寺。足利八代将軍・義政が建立したもの。義政は応仁の乱を引き起こした人物であり、この時期には将軍家の威光はかなり衰えていた（これだけの大戦を収める力がなかった）。当然それは財政状態にも影響し、金銀の箔を張ろうにもその資力がなかった。<br>
それなのに、なぜ銀閣と呼ばれ、金閣と並んで称されるかというと、金閣は確かに豪華であるが、成り上がり者にありがちな、どこか華美な下品さも否めない。一方義政は書画や茶道などをたしなむ風流人で、政治家・武人としてはそれはどうかとは思うのだが、銀閣にはそのセンスが見事に反映されている。質素ではあるが、そのたたずまいはむしろ金閣などをはるかにしのぐ芸術的な価値がある、と多くの人に認められたからである。</description>
         <link>http://www.godstyle.info/kinkakuji/post_6.html</link>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>牡丹の庭と金閣寺</title>
         <description>牡丹の庭と金閣寺
大心院
室町時代、細川政元が創建。東側には昭和の名園「阿吽庭」、<br>南側には「牡丹の庭」があります。<br>
金閣寺（鹿苑寺）<br>室町幕府三代将軍足利義満が西園寺家の山荘を譲り受け<br>「北山殿」と呼ぶ別邸をおいた。義満の死後、遺言により
禅寺に改められ、鹿苑寺と名づけられました。<br>境内には鏡湖池に臨む三層の楼閣の金閣は初層は寝殿造り、<br>二層目、三層目は禅宗様の仏殿風で三つの違った様式が見事に
調和していて、二層・三層には金箔がはられています。<br>また、衣笠山を借景とした池泉回遊式庭園は室町時代を<br>代表する名園として知られています。</description>
         <link>http://www.godstyle.info/kinkakuji/post.html</link>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>金閣寺のみどころ</title>
         <description>金閣寺のみどころ 

庭園・鏡湖池 
金閣を映す鏡となる鏡湖池の周りに、葦原島など大小の島々や、石を献納した大名の名がついている名石が配される。神仙思想に基づいて造られた室町時代の代表的な池泉回遊式庭園。かつては舟遊びを楽しむ場であった。衣笠山を借景としてその風景は美しく、国の特別史跡及び特別名勝に指定。 

陸舟の松 
京都三松の一つに数えられ、船の形をしている五葉松。義満の盆栽から移植され、帆掛け船の形に仕立てられたといわれている。舳先は西を向いていて、西方浄土に向かう船に見立てたものとされる。 

安民沢(あんみんたく) 
西園寺家の別荘であった時代からの遺構。<br>池の中央部にある島には、西園寺家の守り神といわれる「白蛇の塚」が建ち、往時の名残を感じることができる。 

夕佳亭(せっかてい) 
江戸時代に修復完成した金閣を後水尾上皇が訪れることになり、当時の鳳林和尚が茶人・金森宗和に造らせた。現在の建物は明治初期に再興され、平成9(1997)年に解体修理が行われたもの。茶室の前にかつて足利義政が好んだといわれる富士山型の手水鉢と石灯籠が置かれている。 

不動堂 
本尊は弘法大師が作られたと伝えられる石不動明王で、霊験あらたかな秘仏として広く信仰を集める。節分と8月16日に開扉法要が行われる。 

金閣寺垣 
四つ目垣の変形種で、竜門瀑より夕佳亭に至る石段や、夕佳亭付近に用いられている竹垣で、縦も横も丸竹を使い、冠竹を用いているところがおもしろい。簡素ながら非常に趣のある竹垣。 

・北山鹿苑寺(金閣寺)
　京都市北区金閣寺町1
　市バス「金閣寺道」下車徒歩3分・「金閣寺前」下車すぐ<br>　9:00〜17:30
　拝観500円</description>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>金閣寺のバリアフリー</title>
         <description>金閣寺のバリアフリー情報
トイレ 車いすトイレあります。<br>拝観者駐車場、横のトイレには障害者用トイレがあります。<br>夕佳亭の横にトイレがあります。<br>盲導犬等 盲導犬が同行できます。<br>介助犬が同行できます。<br>その他の犬はご遠慮下さい。カゴに入れて持ち運ぶのは可能です。  
車いす使用の方へ 金閣の周りでしたら車椅子で可能です。<br>山道の手前でＵターンして下さい。山手通路は急勾配や階段があり走行できません。 
常時４台車椅子の用意が有りますが、予約ではありませんので、その都度申し出て下さい。（入り口の者に申し出て下さい。）<br> 
お子さんとご一緒の方へ シーズンになりましたら、大変に混雑いたしますので、くれぐれもお子さまの手を離さずにご一緒におまわり下さい。  
その他 点字案内文が受付に有ります。申し出て頂いた方にはお渡しいたします。<br>職員が受付で筆談に応じます。</description>
         <link>http://www.godstyle.info/kinkakuji/post_2.html</link>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>金閣寺のプラモデル</title>
         <description><![CDATA[金閣寺のプラモデルはたくさん出ています。<br>
一例ですが下記のような手頃なものもあります。参考にどうぞ。<br>
<a href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/040cd6a0.7c75e442.040cd6a1.6840832e/?pc=http%3a%2f%2fitem.rakuten.co.jp%2fworkweb%2fnd-2%2f&m=http%3a%2f%2fm.rakuten.co.jp%2fworkweb%2fi%2f10001069%2f" target="_blank"><img src="http://hbb.afl.rakuten.co.jp/hgb/?pc=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_gold%2fworkweb%2fimage%2fdouyusya%2fND2.jpg%3f_ex%3d128x128&m=http%3a%2f%2fthumbnail.image.rakuten.co.jp%2f%400_gold%2fworkweb%2fimage%2fdouyusya%2fND2.jpg%3f_ex%3d80x80" border="0"></a>]]></description>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
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         <title>金閣寺 縁結び</title>
         <description>金閣寺 縁結び
金閣寺の、拝観順路の最後におまもりを売っている所があるのだがそこの縁結びのお守りが<br>とてもご利益があるそうだ。<br>また、近くに貴船神社 があり、そこでは
男女の仲を守る神、また良縁を悪縁に転ずる神としても信仰され、和泉式部が冷めた夫の愛を取り戻すために参拝し、願いが叶ったという言い伝えも残っている。<br>住所:  京都市左京区鞍馬貴船町 
電話番号:  075-741-2016 
営業時間: 6：00AM〜8：00PM 
定休日: 無休 
料金: 境内散策自由</description>
         <link>http://www.godstyle.info/kinkakuji/post_4.html</link>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
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         <title>金閣寺 金ぱく</title>
         <description>金閣寺の金ぱく<br>金色の輝きが鈍り黒漆が顔を覗かせているため、金閣を補修するように、と鹿苑寺前住職・村上慈海師から依頼された。寂びた印象とは異なり、痛ましいばかりだという。確かに、墨をこすりつけたように二層、三層の壁面は汚れ、縁は泥道のようにまだらになっていた。池苑に浮かぶ金閣は、日本人が創造しえた建築美の粋ともいうべきものだが、時の経過による風化か、30年を経て容赦なく打ちのめされていた。<br>　補修の下見に来て、従来の方法だけでは北山の麓にある金閣を守ることはできない、と感じた。金閣の創建当時の手法を用いて、その輝きを永く保つことの出来る方法を考えなければならない、というのが私の結論だった。<br>　漆は紫外線に対して極めて脆弱である。また現在、使用されている金ぱくは非常に薄く、紫外線を透過する無数の傷穴（ピンホール）がある。従来の箔を使用するかぎり、どうしても基底部ともなる漆が破壊される結果になる。装飾と見なされている金ぱくには、本来紫外線を遮断する性能がある。この性能を最大限に利用すれば、紫外線の漆層への透過を最小限にとどめることができる。そのためには、漆塗り工程を充分におこない、厚い金ぱくをその上に押せば、箔と漆の相乗効果を得ることができる。<br>　従来の薄い金ぱくでは重押しをおこなっても、やはり傷穴が余りにも多く、箔下漆がにじみでた。傷穴の少ない、光沢のあるしなやかな金ぱくを私は求めたのである。また歴史的に見ても、この当時は今よりも厚い金ぱくを使用していた形跡がある。後代、製箔技術が向上して非常に薄いものになったが、私は創建当時のものを作りたかった。そこに従来の金ぱくの五倍の厚みを有する「五倍箔」を私は考案したのである。しかし、五倍箔を押すためには、漆の調合に相当の苦労を強いられた。普通の箔下漆では接着しないのである。苦心の末、調合に成功した時、私の脳裏に五倍箔を押された金閣がはっきりと浮かんだ。<br>　金閣補修の第一歩は、新しい金ぱくと純度の高い漆を探すことであった。そのため自分の足で各地を回り、納得のいくまで使用すべき材料を吟味した。漆に関しては、材料の良さが仕上げの美しさになる。しかし、美しさに更に耐久性を持たせることが、私の課題であった。何度も試し、日本産の漆のよさを確かめた。そして五倍箔に対して、60工程を越える漆塗りをおこなったのである。この漆塗りの多工程は美しさのためばかりではなく、下地の強化をも意味し、内部から発生する破損原因を除去するためであった。<br>　二層、三層内部は黒蝋色塗り仕上げにした。黒蝋色に塗られた内部は、水鏡のように静謐を湛えている。透明感のある漆黒の壁面、床は緊張した空間を構成している。金ぱくの贅に伍す美しさである。</description>
         <link>http://www.godstyle.info/kinkakuji/post_5.html</link>
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         <pubDate>Fri, 10 Nov 2006 03:12:11 +0900</pubDate>
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